flower border

愛愛日記~クローン病ブログ

難病クローン病を15歳で発病 3年絶食したもも姫のブログ。炎症性腸疾患(IBD)クローン病の症状や治療、食事療法、料理など愛の日記。 ピアノを弾いています。

スポンサードリンク

クローン病1年半(540日)の入院生活 過ごし方。絶食中の楽しみ

Categoryクローン病 入院
もも姫は難病の炎症性腸疾患(IBD)クローン病の治療でこれまで何度か入院していますが、
...何度か というより… 何度もですけど。

腸のバルーン拡張術を定期的行っているので、その治療のための入院が一番多いです。
バルーン拡張術の時は だいたいいつも3~5日ほどで退院できます。

これまでで一番入院期間が長かったのは、1年半入院していた時です。
病院でクローン病と診断されず 病名不明で小腸が狭窄していることがわからなかったので、食事が食べられない原因がわからないまま絶食で1年半入院していました。

クローン病で3年間絶食。小腸狭窄手術後に食事再開

1年半の入院というと、約18ヶ月の入院 540日ほどの入院となります。

入院したのが7月で、入院してすぐに手術をして そのあとしばらくしたら退院できると思っていたのに その半年後のクリスマス、お正月の頃もまだ食べられなくて 絶食で入院していて…
翌年の7月を過ぎ、入院してから1年が経っても病状になんの進展もなく 同じことの繰り返しで食べられないまま…

そして、入院してから1年半が経った12月に、年末にはお家に帰れるようにしましょうと主治医の先生が言ってくださり、退院するために成分栄養剤のエレンタールを飲むことになりました。

1年半の間、ほとんど点滴からの栄養だけで生きていて、エレンタールは退院する日の数週間前くらいから飲み始めました。
1年半の絶食中 食べるのを許可されていたのは飴(あめ)だけで、あとは 薄い重湯や具なし味噌汁などが病院食で出されて飲める時もありました。

でも、年末に退院できるといっても 良くなって退院できるのではなくて、その病院ではもうどうにもできないので とりあえず家に帰してあげようというような感じの退院でした。
食べられないままで退院です…

それでも 自分のお家に帰れることは嬉しかったです。
1年半ぶりに帰ったお家はとても懐かしくて、お家に帰ってくることができて良かったと思いました。

入院する前は体重が28kgほどにまでなっていたのですが、その時は40kgと少しあったので、なにも食べられなくても栄養剤のエレンタールを飲んでいればちゃんと生きることができました。
家でエレンタールを飲み、それからまた1年半の絶食が続きました。

1年半の入院 約18ヶ月の入院 540日ほどの長い長い入院生活で、もも姫は色々なことをしながら過ごしていました。

入院中、パソコンやスマホなどはなかったので、ベッドの上でテレビを見たり 本などもよく読みました。

手芸が好きだったので、フェルトで小さな可愛いマスコットを作ったり、ビーズで小物を作ったりもしていました。

手縫いのパッチワークで鍋敷きを何枚か作り 母にあげたのですが、母は鍋敷きが汚れたらもったいないから使えないと言っていました。

折り紙も好きで、折り紙でくす玉も作りました。
1年半も時間があったので くす玉はたくさん作りました。

絵を描くのも好きで、スケッチブックに鉛筆でスケッチしたあとに色鉛筆で色を塗って楽しんでいました。
その時に描いていた絵の何枚かは以前ブログでお見せしたことがあります。
その時には全く食べられなかった食べ物の絵も描いていました。
食べ物の絵を描いている時 すごく楽しかったな~

3年絶食中に描いた食べ物の絵 クローン病 入院

いつかきっと食べられるようになると信じていたので、料理が好きだったもも姫は 料理本や新聞の料理欄、テレビの料理番組を見て、いつか作って食べたいなと思う料理や、結婚した時に旦那さんに作ってあげたいなと思う料理のレシピをノートに書いて、自分のレシピ帳を作ることも楽しみのひとつでした。

3年絶食中に作った料理レシピ帳 クローン病 入院

同じ病棟に入院していた患者さんとお話することもありましたけど、もも姫よりも大分年上の方が多く、他の患者さんは どんなに長くても3ヶ月以内には退院されていき、もも姫ひとりだけずっと入院したままで…取り残されてさみしかったです。

もも姫は1年半の間ずっと入院していましたが、その間に何度も入退院を繰り返しておられた患者さんもいて、そのうち 体がだんだん弱っていき亡くなられる方も何人かいらっしゃいました。

食べられないもも姫に見えないようにして後ろを向いて そっと食事を食べてくださった方や、いつも綺麗なパジャマを着ておられた患者さん、廊下で会うと元気よくあいさつをして下さった男性の患者さん みなさん もも姫が入院している間に病院で亡くなられましたが、今もその患者さん達のことを覚えています。

もも姫もいつかあの患者さんと同じように亡くなっていくんだろうなと いつか必ず訪れることになる自分の最期の時を考えたりもしました。
その時は食事は食べられませんでしたが、栄養点滴のおかげで体は元気でしたから、遠い未来のことを想像し、考えていました。

それから、ヤクザの組長の患者さんの病室で食事を一緒にどうですかと誘われたこともあり、それは、普段の生活の中では絶対に経験することのない とても印象深い出来事でした。

ヤクザ組長の病室に誘われた私 クローン病入院中の出来事


1年半(18ヶ月)ほどの長い入院中にもも姫が他にしていたことは、体力をつけるために 足が弱らないように歩数計を服につけて 病院内をたくさん歩いていました。

だいたい1日に3000歩くらい病院内を歩いていました。
病院内を3000歩ほど歩こうと思ったら結構大変ですよ。

もも姫は1年半の間 毎日24時間 寝ている時も どんな時もずっと 栄養成分の点滴をしていましたから、点滴台に大きな点滴の袋をぶら下げて 点滴台を手で動かしながら3000歩ほど歩いていました。
点滴台があるので階段の上り下りはできませんでした。

医長回診の時に 主治医の医長先生が、もも姫の服に歩数計がついているのを見て
「3000歩も歩いているなんてすごいな~」言ってくださったことがあり、その時は嬉しいなと思いました。


1年半の間には、病院内で選挙の投票をしたことも何度かありました…
すごく長い間入院していたので、選挙の投票をしたのは一度ではなかったです…笑

24時間点滴をしていて外出も外泊もできず、病室で毎日毎日同じような生活の繰り返しで 食べる楽しみも全くなく、珍しいことがなかったので、特別なイベントである選挙に参加できるということが嬉しくて ワクワクした気持ちで病棟の廊下に設置された投票箱に
投票しにいきました。


ブログでこれまで書いていなかったことでは、入院1年半の間 中心動脈栄養法(IVH)の点滴だけで生きていたので、脂肪の栄養が不足して、時々 腕から脂肪分の点滴をしてもらっていました。

脂肪の栄養の点滴は白い液体で、点滴をしている間、腕の血管が痛くなりました。

1年半、約18ヶ月、540日ほどの長い長い入院生活で 病名もわからず 食事も食べられず 様々な検査をしたり治療をしながら 先が全く見えないまま入院していましたが、色々なことをしたり 考えたり 経験しながら1日1日過ごし、なんとか生き続けました。

退院したあとも食事が全く食べられなくて さらに1年半食事を我慢し続けたのですが、それだけの大変なことに耐えることができたので、もも姫は、もう大概のことは乗り越えていけるだろうと思います。

1年半の入院生活は人生の貴重な経験、大きな学びとなりました。

大変なこともたくさんあったけれど、でも ひとつの物事には悪い面と良い面が必ず両方くっついてあるものなので、1年半の入院で経験したことが自分の人生の大切な財産となったと思うことが多くあり、難病のクローン病になったことでも、そのことで悪いことしかなかったということはなく、良かったなと思うこともたくさんありました。

1年半の入院の次に長くした入院は1ヶ月ほどの入院で、クローン病と診断がついてからはそんなに長い期間の入院をしたことはありません。
定期的な治療のための短い入院の回数は多いですけどね。

難病を持ち 時々入院して治療をしながらも強く生きていく

これからも どんなことがあっても 強く 強く 
そして、優しく生きていきたい というのが、もも姫の願いです。

スポンサードリンク


【関連ブログ記事】

入院準備品リスト。クローン病の入院の時に持っていくもの


[関連記事]
スポンサードリンク