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愛愛日記~クローン病ラブログ

難病クローン病を15歳で発病 3年絶食したもも姫のブログ。炎症性腸疾患(IBD)クローン病の症状や治療、食事療法、料理など愛の日記。 ピアノを弾いています。

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クローン病で3年間絶食。小腸狭窄手術後に食事再開

Categoryクローン病で3年間絶食
もも姫は何年か前の過去にクローン病で3年間食事をすることができず絶食をしていたことがありました。

3年絶食..漢字で書くと4文字のとても簡単な言葉ですが、365日×3年=1095日も食べ物を食べずに過ごしていて、それだけではなく、その間にお腹の手術や苦しい検査や治療等々..体も心もとても大変なことに耐えながら生きていました。

3年絶食していたその前は、クローン病の小腸狭窄で強い腹痛が起きて食事がほんの少ししか食べられない状態になっていました。


3年間絶食することになった経緯


もも姫が以前3年間絶食することになった経緯を簡単に書いてみると、
ある頃から食事をしたあと数時間後に腹痛が起きるようになり、その腹痛は日が経つごとに強くなっていき、食事がほとんど食べられなくなりました。

そして、食事がほんの少ししか食べられないことで体重が28Kgにまで減ってしまい、ある時、腸から膀胱(ぼうこう)のほうへ瘻孔(ろうこう)ができたことで病院で手術をすることになったのですが、手術をした後も食事ができるようにはならず、その後3年間食べ物を食べることができないまま過ごすこととなりました。


病院の診断ミス(誤診)と手術ミス


3年間も絶食することになったのは、病院の診断ミス(誤診)と手術ミスがあったからです。
その後、別の病院で再手術をした時の外科の先生からは、「前の病院の診断ミスと手術の失敗です。」とはっきりと言われました。

もも姫は3年間絶食することになる何年か前に、クローン病かもしれないということを別の病院で言われたことがあり、その時にはサラゾピリンの薬を飲んでいて、ステロイドも飲んでいたことがあるのですけど、確定診断ではなかったし、その時はクローン病という病気のことをほとんど知らずに過ごしていて 日常生活で困るような症状も長い間出ていなかったために病院に行く回数が減り、サラゾピリンもだんだん飲まなくなっていったんです。
それできっとクローン病の症状が悪くなっていったのかもしれません..

その時はクローン病の食事制限のことも知りませんでしたし、先生からも言われたことはありませんでした。

その後 クローン病の小腸狭窄の症状が悪化して入院、手術することになったのですが、その時かかっていた病院でのもも姫の病気の診断は、クローン病ではないというはっきりとした診断でした。
でもそれは診断ミスだったんです。

クローン病 小腸狭窄と腸膀胱瘻、膿瘍


その時のもも姫のクローン病の症状は、小腸が狭窄していて腸から膀胱へ瘻孔(ろうこう)ができ(腸膀胱瘻)、右下下腹部には膿がたまっていたようでした。

病院では、お腹に膿がたまっているということと、膀胱に穴(孔)があいているということだけわかり、小腸の狭窄と小腸に瘻孔の穴(孔)があいていることはわかりませんでした。

それでその時にした手術は、膀胱の穴を閉じる手術と腹部にあった膿を取り除く手術をしただけで、腸の手術はしないまま手術は終わりました。
手術の時にも小腸の狭窄はわからなかったようでした。
手術は泌尿器科の先生と消化器科の先生とで行われました。

手術後も食事が食べられないままで絶食


手術後も小腸の狭窄と瘻孔がそのままになっていたため、食べ物が食べられるようにはならず、食事ができない原因がずっとわからないまま その後1年半の間、IVH(中心静脈栄養法)の点滴につながれて絶食で入院することになりました。

手術後何か月か経った頃に、別の大学病院で腸の検査結果を診てもらったこともあったのですが、その時は、入院していた病院が大腸の検査結果を主な資料として大学病院に提出したからなのかわかりませんけど、クローン病の炎症などはみられないということで、その時もクローン病ではないという診断結果でした。

小腸の検査は、口からバリウムや造影剤を飲んでする透視の検査は何度かしていましたが、その検査結果からは小腸の狭窄はわからなかったようで..鼻からチューブを入れてする小腸造影検査はその病院ではしていませんでした。

3年絶食していたうちの1年半は病院に入院していて、絶食をしばらくの間続けて お腹の症状が落ち着いてくると、病院食で3分粥食をだしてもらって、食べられるかなと不安と期待でドキドキしながら食べたのですけど、でも、3分粥食を食べると、お腹の手術跡のところが赤く腫れてきてお腹が痛くなり、そこから腸の内容物が出てきてしまい、食べることはできませんでした。

腸に小さな穴があいても 絶食をしていればその穴が自然に塞がっていくことがあります。
もも姫の場合はその時小腸に狭窄があったので、腸がひどく狭窄したままの状態でどれだけ絶食を続けても その狭窄を治さないことには食事が食べられるようにはならなかったのです。


原因不明・病名不明なまま3年間絶食


1年半の入院中、絶食を続けたあとに3分粥食を出してもらっては食べられないということを何度か繰り返し、3分食が食べられなかった時は、やっぱりまた食べられなかった..どうして食べられないんだろう..と悲しく暗い気持ちになり、これからどうなるのだろうという不安でいっぱいでしたが、でも、その時はどうすることもできず 入院ベッドの上でひたすら我慢して耐えているしかありませんでした。

1年半の入院中、手術して最初の数ヶ月は個室にいたのですが、それから大部屋に移ることになりました。
病院のほうから大部屋へ移ってくださいと言われました。
その時はクローン病と診断されていなかったため、特定疾患の医療費補助は受けていませんでした。

大部屋に移ると、毎日朝昼晩の食事の時間に他の入院患者さんの食事の匂いがするし、食べる時の食器の音などが聞こえてきたり、料理のことで楽しそうにおしゃべりされているのを聞くのが絶食しているもも姫にはとても苦痛でした..

期間限定でしばらくの間だけ食べられないというのなら まだ我慢もしやすかったかもしれないですけど、その時はいつ食べられるようになるのか全くわからない状態だったので、食事の時間は毎日悲しく辛かったです。

クリスマスもお正月も病院の大部屋で絶食で過ごさないといけなかったので悲しかったです。
24時間IVHの点滴につながれて どこへ行くにも点滴棒を持って歩いていかないといけなくて..

その時は成分栄養剤のエレンタールも飲んでいませんでした。
エレンタールだけでも飲めれば 胃腸が少しは満たされるのですが..

絶食で食べられなかったけれど点滴の栄養で体は元気


食事はできませんでしたけど、IVHの点滴栄養で栄養状態は良く、体は元気でした。
入院前28kgだった体重は IVHのおかげで40kgほどまでに増えて、最初は顔も体も痩せてぎすぎすとした感じだったのが ふっくらとしてきたので、主治医の先生が、「女の子らしく可愛くなりましたね」と笑顔で言ってくださいました。

3年間食べ物が食べられなかったのはほんとうに大変でしたけど、でも、体重が28kgで命は大丈夫かなと心配になるほどだったので、病院で命を助けてもらって良かったと思います。

点滴の栄養で元気なだけに、食べる楽しみもなく、病院内で遊べる場所もなく、その病院では1年半の間IVHの点滴をはずすことができず外出もできなかったので、とても退屈でした。

1年半の入院中、飴とお茶は摂取することを許可されていて、3分食くらいの固形食は食べられなかったのですが、残渣の少ない果汁やお味噌汁の上澄みやすまし汁、薄いコンソメスープなどは少し飲むことができたので、そういうような流動食を病院で出してもらっていた時もありました。食事というより飲み物ですね。

もも姫が少しでも元気になるようにと、入院期間の途中からは母が家でスープを作って病院に持ってきてくれていました。
スープは、ごぼうや色々な野菜を入れて煮て作ったお味噌汁で、具は食べられませんでしたが、汁だけをポットに入れて持ってきてくれて、そのゴボウの出しの効いたお味噌汁の味がとても美味しくて、絶食中のもも姫の心を癒し、和ませてくれました。 

色々な野菜のエキスの栄養がたくさん入った母の愛のスープです。
その愛のスープを飲んでいた頃のことを思い出すと胸がじ~んとします。

夢でも怖くて食べ物が食べられなかった。


その1年半の絶食入院中、もも姫はある夢を見ました。
ドーナツショップでドーナツを買って食べた夢でした。

ガラスケースの中に色々なドーナツがたくさん並んでいて、どのドーナツを食べようかなとワクワクした気持ちで選んでいました。
すごく楽しかった..

でも、目が覚めた時、ドーナツを食べたことが夢なのか現実なのかわからなくなってしまい..
もし、本当にドーナツを食べていたとしたらお腹が大変なことになってしまう..どうしよう..と怖くなり、パニックになりかけました。

その時は夢でも食べ物を食べることができなかったんです..


栄養剤のエレンタールを飲み始めて絶食のまま退院する。


入院して1年半が過ぎた頃、IVH(中心静脈栄養法)を長く続けていると感染症を引き起こす危険があるということで、IVHをはずしてエレンタール(成分栄養剤)を飲み始めることになりました。

1年半の間 首のあたりからずっと繋がっていた点滴がやっととれて嬉しかったですけど、でも、食事ができないままでの退院となり、この先どうなるのだろう..ずっと食べられないままで生きていかないといけないのかな..と とても不安な気持ちでした。

そして、退院後は自宅でエレンタールを飲み、果汁やお味噌汁の上澄み、残渣のほとんどないスープなどは少し飲んでいましたが、絶食のままさらに1年半過ごしました。
3年間の絶食です。

退院した後、家族が食事をしている時は もも姫だけ別の部屋で過ごすことも多かったです。

手術後に皮膚瘻(ひふろう) 3年間お風呂にも入れなかった。


手術をした時の傷でできた皮膚瘻(腸から皮膚へとつながる瘻孔)がお腹にあるままで退院したので、3年間お風呂にも入れませんでした。
お腹のガーゼよりも下のほうだけシャワーを浴びたり、あとはタオルで拭いて過ごしていました。

髪は、お腹の皮膚瘻のところにチューブが入っていたこともあったりしたので、前かがみになって洗うことが難しく、お腹は水にぬらさないようにしていたので、入院中は看護師さんや助手さんや母に髪を洗ってもらったりしていて、退院してからの1年半はずっと母に髪を洗ってもらっていました。

後にクローン病と診断された別の病院では、お腹に皮膚瘻(ひふろう)があってもお風呂に入っていいですよと言われ、むしろ、きれいに洗って清潔にしたほうが良いと言われたので、病院によって治療や処置の仕方や考え方が色々違うんだなと思いました。

お風呂に長い間入れなくても それで死んでしまうことはないですけど、でも 3年間ずっとお風呂に入れないのと入れるのとでは毎日の生活の快適さ(QOL)や気分の良さが大分違ってきます。

退院後も1年半毎日病院へ行ってガーゼ交換


1年半自宅で絶食して生活していた時に他にも大変だったことは、お腹の皮膚瘻のところの消毒とガーゼ交換のために毎日病院に通わなくてはいけなかったことでした。
1年半のあいだ毎日です.. まるで いじめのようだと思ったこともありました。

そのことを後にかかった別の病院のクローン病専門医の先生が知ると、その先生は、「毎日ガーゼ交換のために病院に来させるなんて なんてひどい病院なんだ」と言われました。
その先生の病院では、お腹の皮膚瘻のガーゼ交換や処置は患者が自分でできるように指導しているということでした。


もう一生 食べ物が食べられないかもしれない


自宅で1年半絶食を続けていたあいだ、いつまで食べられないのか いつまで毎日病院に通わなくていけないのか..私はほんとうにこのまま一生食べられないのか..と考えるうちに 感情がこみあげてきて 大きな声を出して泣いてしまったこともありました。

もも姫は我慢強い性格なので、3年絶食していたあいだ ほとんど泣くことはなかったのですけど、その時は 心の中に抑えていたものが外に一気に全部出てきたのです。

そして、もも姫が大声で泣き出したのを聞いた母が そばに来てくれて もも姫の肩を抱いて一緒に泣いてくれました。

悲しかったけど、母も同じように悲しい気持ちでずっと我慢しているんだなと思い、一緒の気持ちで泣いてくれているのを見て心が少し慰められました。
泣きたい時は思い切り泣いたらいいですね。

どれだけたくさん泣いても その時は食べられるようにはならなかったのですけど、でも 心の中にたまった悲しいことや辛いこと、苦しいことを たくさん泣いて涙を流すことで外に全部吐き出したら そのあとは、心がすっきりしました。

でも 希望は持っていた。


その時は、食べられない原因もわからず 病名もわからずという、そんな状態が長く続いていたので、これからも このまま同じ状態がずっと続いていくのかもしれない.. もうだめかもしれない.. と考えることもありましたが、でも、心のどこかで もしかしたら食べられる日がくるかもしれないと 希望は捨てていませんでした。

そして、希望を捨てずに頑張って耐えていたおかげで 絶食は3年で終わり、ようやく食事ができるようになりました。

どのようにしてもも姫が食べられるようになったのか..


3年絶食後、食べられるようになるまでの経緯


もも姫はその時、今の病院にこのままいても、もう食べられるようにはならないだろうと感じていました。

1年半の絶食入院中に病院の先生から 別の病院(大学病院)で診てもらうように紹介しましょうかと言われたこともあったのですが、紹介された病院がちゃんと病気を治してくれるのかどうか その時はとても不安だったので、断りました。

一度手術をして治らなかったし、また次の病院で辛い検査をやり直したり 再手術をして同じ目にあうのは絶対に嫌でした。

それまでにも その病院にかかる前にいくつかの病院で診てもらっていて、辛い検査を何度もして、どの病院でも病気のはっきりしたことがわからなかったので、新しい病院に行くことがすごく不安でした。

退院してから お家でどうしたらよいのかわからない状態で 毎日絶食しながら過ごしていたのですが、そんなある日、もも姫に大きなチャンスとなるきっかけが訪れました。

新聞の医療記事からチャンスを得る


もも姫はその頃 新聞を毎日読んでいたのですけど、ある日読んだ新聞の記事がもも姫の人生を大きく変えることとなりました。

もも姫は新聞の医療情報の記事を毎日読んでいました。
読売新聞の医療ルネサンスという記事でした。

その日の記事には、色々な難病の患者会のことが書かれている本が紹介されていました。
その記事を見た時、今の病院ではクローン病ではないと言われたけれど、過去に他の病院でクローン病かもしれないと言われたことが気になりました。

IBDクローン病患者会の交流会に参加


クローン病じゃないかもしれないけど、でも、クローン病の患者会に入会すればなにかわかるかもしれない 良い情報が得られるかもしれないと思い、すぐにその難病団体のリストが載っていた本を購入し、クローン病(IBD)の患者会に入会しました。
 
そして、クローン病の患者会が行っている交流会に片道3時間かけて行き、参加しました。
交流会には病気の症状に悩んでいる人達がたくさん来られていました。

患者会の会長さんと少しお話をして、それからまた3時間かけて家に帰ると、次の日 会長さんが親切に電話をしてきてくださいました。
「クローン病専門医の良い先生がおられるので、一度診てもらわれたらどうですか」と言ってくださったんです。

IBDの患者会の会長さんがすすめてくださる先生なら良い先生に間違いないだろうと思い、そのクローン病専門医の先生の病院の電話番号を教えてもらいました。

そして、それからすぐにその病院へ電話をすると、クローン病専門医の先生が直接電話に出て話してくださいました。
そして、これまでの病気の経緯と3年間食事が出来ずに絶食していることを話すと、その先生は、明日病院に来なさいと言われました。

えっ 明日..? びっくりしました。そんな急には行けない..

その病院へ行くのには、自宅から電車で5時間以上は時間がかかるので、明日は無理だと思い、1週間後に診察の予約をとりました。

その時かかっていた地元の病院へは1年半毎日ガーゼ交換に行っていたため、診察予約をした日にはガーゼ交換に行けないので大丈夫かなと思いましたが、クローン病専門医の先生が、
「今かかっている病院の先生に 別の病院で診てもらうことが言えないのなら黙って来なさい」と言ってくださり、ガーゼ交換のことも心配しなくても大丈夫だと言ってくださいました。

地元でかかっていた主治医は性格的に少し恐い先生だったので、クローン病専門医に診てもらうことは何も言わずに黙って行くことにしました。
退院してから1年半の間でお腹のガーゼ交換を休んだのは、クローン病専門医に診てもらうため遠くの病院に行った1日だけでした。

クローン病専門医の先生の診察を受ける


そしてその後 紹介された病院へ行くと、クローン病専門医の先生が病院のロビーのところまで出てきてくださいました。
先生にお会いした瞬間、もも姫にはその先生が神様のように見えました。

3年間食事が食べられず絶食し、その3年の前もお腹の激痛でほとんど食べられず苦しい思いをして..長い間ずっとどうにもならずに耐えていましたが、その時やっと救われるような気がしました。

クローン病の診断がついて治療を受ける


そして、先生に診察していただくと すぐに「間違いなくクローン病です。典型的なクローン病です」と言われ、手術をすれば必ず食べられるようになりますと言われました。
その時初めてクローン病の確定診断がついたのです。

やっぱりクローン病だったのか 病名がわかってほんとうに良かった。やっとわかった。 
病名がわかれば あとは治療ができるだろうと思いました。明るい希望の光が見えました。

普通なら、難病であるクローン病という診断がついたら落ち込んでしまうものかもしれませんが..
もも姫の場合は、クローン病と病名がわかったことはとても嬉しいことでした。


小腸狭窄の手術後、食事が3年ぶりに食べられるようになる。


そしてそれから その病院で苦しい小腸造影の検査をはじめてして、小腸に狭窄があることがわかり、その狭窄が原因で食事ができなくなっているのだということがわかり、自分で納得したうえで小腸の狭窄手術を受けて それからすぐに食事ができるようになりました。

3年ぶりにようやく食事を再開することができました。

手術後 ほんとうに食べられるのかなとすごく不安でしたけど、でも、食事をしてもお腹は大丈夫で、普通に食べられていることがとても不思議な感じでした。
ちゃんと食べられて感無量で嬉しくて 生き返ったような 新しく生まれかわったような気持ちでした。

もも姫が救われたきっかけは新聞の小さな記事でした。
今はネットで色々な情報を得ることができますけれど、でも、情報がたくさんありすぎて どの情報が自分にとって良いのかわからないことも多いです。

新聞の医療記事には信用のできる最新の良い医療情報が掲載されていることが多いです。

それから、患者会の力は大きかったです。患者会には病気の症状や病院の情報に詳しい人がいます。
あの時親切にしてくださった会長さんには今でもとても感謝しています。

患者会や先生、もも姫を助けてくれる人はたくさんいました。
でも、その救ってくれる人を探し出したのは、他の誰でもなく自分でした。
やっぱり 自分を助けられる一番の人は自分だと思います。
家族や愛する人など自分のことを心配してくれる人はいるけれど、でも、自分のことを一番真剣に考えている人は自分なんだということが クローン病での色々な経験を通してわかりました。

困った時、苦しい時、ピンチになった時には まず、自分がなんとか頑張って上にはいあがらないといけないですね。
あの時 もも姫が自分で助かるきっかけを探していなければ 助けてくれる人を見つけ出すことはできなかったでしょう。

助かりたい 救われたい 良くなりたいという強い気持ちを諦めずにずっと持ち続けていたから もも姫は救われたんです。

あの日の新聞記事は自分の人生を大きく変える大きなチャンスで、もも姫はそのチャンスを自分でつかみとったから救われたんです。
チャンスは自分でつかむもの もも姫は自分で経験してわかったんです。幸せは自分でつかむものだということを

どうにもならないような苦しくて辛い状態の時でも 諦めてしまわずに わずかでも希望を持ちながらじっと耐え続けていれば、ある日ある時急にチャンスが訪れて道が開けることがあります。
きっといつか良くなる時が来ると信じていることは とても大切なことですね。

3年間の絶食という修行はもも姫をとても強くしてくれたし、今のもも姫にとっては そのことはマイナスな出来事ではなく、とても大きなプラスの経験となっています。

あの苦しいことに耐えられたもも姫ですから、これからの人生でどんな辛いことがあったとしても強く立ち向かい、乗り越えていけるはず。

人生で無駄な出来事はひとつもない どこかで聞いた言葉ですが、ほんとうにその通りです。
とても貴重な人生経験をしました。


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クローン病絶食入院中にヤクザ組長の病室の食事会に誘われて..

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3年絶食して小腸狭窄手術後に食べた3年ぶりの食事


もも姫は過去に、ある病院で小腸の狭窄が長い間わからず、クローン病という診断がされないまま、誤診と手術ミスで3年間食事が食べられなくて3年間絶食で過ごしていた時があるのですが、
別の病院で小腸の狭窄手術をした後、3年ぶりにようやく食べ物が食べられるようになりました。

その3年ぶりに食べた最初の食事は、手術後なので病院で出してもらう病院食で、
食事開始1日目は流動食が出てきました。

炎症性腸疾患のクローン病で入院した時に出てくる流動食は、
重湯やお味噌汁の上澄みとか果物のジュース(果汁)のような、ほとんど水分のような食事が出されることが多いのですが、
その病院の流動食は、カレー味のポタージュとか 普通の食事を食べやすくつぶしただけのような流動食だったので、ちょっとびっくりしました。

もも姫は3年絶食していた時、
あまりどろどろしていない水分の多い流動食なら食べても(飲んでも)なんとか大丈夫だったので、
小腸手術した病院の濃いポタージュなどの流動食もたぶん食べても大丈夫だろうと思い、少し不安に思いながらもまあまあ安心して食べました。

その時少し不安に思っていたというのは、
普通は、小腸手術後に外科の先生の許可が出て出されている食事なので、食べても大丈夫にきまっているのですが、
もも姫はその時の3年前に一度手術をしていて(腸の手術はしていなかったけれど) その手術をしたあとも3年間原因不明なままずっと食べられなかったので、今度はほんとうに食べられるのかなと とても心配だったんです。

小腸手術後の食事開始2日目は、3分粥食が出てきました。
2日目にもう3分がゆ食が出てくるというのは早いなと思いました。

手術をしてくださった外科の先生は、
術後の食事開始後2日目に3分食を食べても全然大丈夫だよと自信たっぷりに言われました。

それでも、3年絶食していた間は、3分粥食を食べるといつもお腹が痛くなって食べることが出来なかったので、
小腸狭窄手術後に3分がゆ食が食べられるかすごく不安でした。
恐る恐る3分粥食を食べて..その後腹痛などはなく、大丈夫でした。
ちゃんと食べることができました。

この、3分食が食べられた時、はじめて 3年ぶりにやっと食事ができるようになったんだと思いました。
やっぱり、固形食ではない水っぽい流動食と、形のある3分がゆ食では、食べた時の満足感が全然違います。

原因不明なまま絶食していた3年間は、もう一生食べ物が食べられないのかなと思うことが何度もあったので、
小腸手術後に3年ぶりに食べ物が食べられるようになったときは、これはもしかして夢ではないかとも思ったりして、なかなかすぐには喜べませんでした。

今でもその時食事が食べられた瞬間のことを覚えていて、
自分が食事を食べられていることがとても不思議で、異次元の別世界に迷い込んだような ほんとうに夢か幻の中にいるような感じでした。
ここはどこだろうという感じです..
3年間の絶食 それは とてつもなく長い絶食でした..

それまで3年間食べ物が食べられなかった自分から、食事ができるようになった自分へと新しく生まれ変わったような気持ちでした。

でも、前にもブログで書いたように、食事が食べられずに絶食していた3年間の経験は、もも姫の人生の中で とても重要で大切な経験で、その後の生活で、その時に経験したことが色々な状況で生かされている(活かされている)と思います。


小腸狭窄手術後の食事のことに戻りますが、
小腸手術後 食事開始3日目(絶食3年後 食事再開3日目)に出された病院の食事メニューは...

え~~~っ..!! 八宝菜 

八宝菜って..大丈夫なの~~?
腸の手術後 食事再開3日目に八宝菜はちょっとやっぱり無理でしょう..とびっくりしました。

同じ病室の、同じ時期に手術をしたクローン病の女性と、
八宝菜食べていいの? 怖いよね~ と言いながら、2人とも八宝菜は食べませんでした。

八宝菜は、具(食材)や作り方を工夫すればクローン病でも八宝菜をわりと安心して食べられることもあると思いますが、
その時は小腸手術をしたばかりの時で、病院食の八宝菜の具は腸に負担がかかりそうな消化の悪い食材が使われていたので、術後に腹痛がおきて調子が悪くなると困るので、食べるのはやめておきました。

もも姫は3年間絶食していた間は固形物を全く食べていなかったので、絶食3年したあとの食事開始3日目で食物繊維の多い野菜がたっぷり入った八宝菜を食べるのは、腸にすごく負担がかかると思いました。

病院食は時々、こんなの食べていいのかなと思うような食事が出てくることがあります。
病院の栄養士さんは、ひとりひとりの患者の体の状態まで詳しくわからないことがあるので、
病院食で出された料理が全部安心して食べられるということはなくて、食べる時には、自分がその時食べても大丈夫かどうかよく考えて、気をつけて食べなくてはいけないです。

何年か前にクローン病治療で入院した時は、1週間絶飲食の状態で、その後1週間絶食した後に食事を開始したのですが、
その時の病院食の昼食に里芋の煮物が出ていました。

その里芋の数を数えてみたら、9個もあったんです..

普通の健康な腸の人でも 9個も里芋を食べたら、うんざりするうえに、お腹いっぱいになるんじゃないかなと思うんですけど..

でも、他に食べるおかずも少なかったので、仕方なく里芋を5個食べたんです。

そしたら、やっぱり..
そのあとお腹がすごく張って苦しくなって、夕食は全く食べられなくなるし、夜までお腹が張って眠れませんでした..
絶食後で腸の働きが弱っていただけでなく、その時は小腸に狭窄もあったので、もも姫にはちょっと腸にかかる負担が大きかったのだと思います。

病院で出してくれる食事だから 全部食べてもいいのかなと思ってしまうこともありますけど、
でも、自分のお腹のことは自分が一番よくわかっているので、注意して食べないといけないですね。

今現在は小腸の狭窄はなく、お腹が張ることもないのですけど、八宝菜はほとんど食べないですよ。
中華料理は普段あまり食べないです。
麻婆豆腐は、たまに作って食べることがあります。

1年くらい前まで、王将の小餃子という冷凍食品が美味しくて、2ヶ月に一回くらい食べていたことがありました。
とても美味しいんです♪
たまに少し食べるくらいなら たぶん大丈夫☆ 
外食店の餃子は、脂質がとても多そうなのと、中に入っている具が心配なので ほとんど食べません。

美味しい中華料理屋さんに行って色んな料理をお腹いっぱい食べてみたいな~ 
いつか 安心して食べられる日が来ますように☆

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クローン病 小腸狭窄とお腹の症状日記~腹痛、腹鳴、お腹が張る

クローン病 食事の我慢

クローン病食事献立表 IBD病院食 クローン病入院

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Comments

satoshi  

初めまして

ブログ読ませていただきました。
私は40過ぎのオヤジですが、クローン病を患って20年以上になります。
もも姫さんの闘病生活、さぞ辛かったことでしょう。

私も先日3回目の手術を受け、幾分小腸を切除してきました。
もも姫さんのブログのように、術後の痛みや絶食の辛さ、将来の不安など、私も経験してきたことですので、よくわかります。
ただ、それ以上に原因不明で病名もわからず、1年半の入院と3年間の絶食体験には、大変驚きました…
私の想像を絶するような経験だと思います。

私も発病当初は病名がわからず、盲腸ということで手術しましたが、再び激しい腹痛が襲った為、次は開腹手術となりました。
しかし、それでも痛みの原因が分からず、最後に小腸造影検査を受けることになり、クローン病と判明したのです。

医者から診断を受けた時、私はまだ20歳の若僧でしたから、自分の将来に不安を抱き、深刻に悩んだ時期もありました。
ただ、歳を重ねていくうちに、この病気と上手く付き合っていけるようになり、今では新しい治療法に期待しながら、普通の生活を送っています。

もも姫さんも、この病気が完治しない難病であるがゆえの不安や悩みがあるでしょうが、同じような苦しみや辛さを味わった患者もいますので、お互いに希望をもってクローン病と付き合っていきましょう!
長文失礼しました…

 | REPLY |   

もも姫より Pさんへ  

Re: はじめまして

秘密コメントPさま ありがとうございます☆
コメントを読ませていただいて とても励まされました。
どんな時にも希望の光を見ることはできますからね。
希望があると心が明るくなります。
クローン病で大変なことがありますが、
きっと大丈夫と信じていつも希望を持ち、
強く優しく素直な心で生きていきましょうね。
そうしていれば神様がちゃんと良いようにしてくださると思います☆


 | REPLY |   

もも姫より satoshiさんへ  

Re: 初めまして

はじめまして satoshiさん
心強いコメントをありがとうございます☆
satoshiさんもクローン病とわかるまでに もも姫と同じような経過をたどっていらっしゃるのですね。
私も最初は虫垂炎の腹痛かと思いましたが そうではありませんでした。

原因不明のまま3年絶食していた時は
もうこのまま一生食べられないかもしれないと何度も思い
苦しく辛い思いをたくさんしましたが、でも
希望を捨ててしまわなかったことで救われました。
苦しい時は、どうして自分が…と思って 余計に苦しくなったりしますが、でも 自分だけではなくて みんなそれぞれに苦しいことがあって それに耐えながら生きているんですね。
satoshiさんは今クローン病とうまく付き合いながら生活をされているということで、
もも姫も、食事制限やエレンタールなどにはもう慣れて 苦痛を感じることはほとんどなくなりました。

クローン病の症状で困ることや、クローン病があることで出来ないことなどもありますが、クローン病があるからこそ出来ることもありますからね(*^_^*)
出来ることを考えながら過ごしていきたいと思います☆

 | REPLY |   

もも姫より Pさんへ  

Re:

ありがとうございます☆
コメントを読ませていただいて胸がジーンとしました。
もも姫は15歳でクローン病になりましたが、
私の母もきっと そのことで大分悩んだり心配をしただろうなと思います。
クローン病の症状で長く苦しんでいる時
母は私を絶対に見放さずに見捨てずに見守ってくれます。
ありがたいです。

パンは大好きです(*^_^*)
パンと紅茶の食事で心がとっても幸せになります♪
今日の昼食もパンの予定で、楽しみなんですよ♡ 笑


 | REPLY |   

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